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沖縄出身のチョイバカおやじ。なぜかハワイで過ごすこととなり、2007年4月より、オアフ島に移ってきた。観光ではないので腰を落ち着けて、ハワイ生活を満喫しようと思っている。マーケティング関係の仕事なので、その関連からブログを作っていきたい。沖縄とハワイの掛け橋を目指し、壊れそうな中古車を駆使してハワイ中を駆け巡ります。ちなみに親戚がワイパフに住んでいます。いざという時にはとても頼りになります。ハワイでも沖縄のチムググルが生きています。趣味はこれから「ウクレレ」にします。
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2008年06月20日

クラブ瀬里奈、成功物語その9



安次富さんは従業員が幸せでなければ、良い仕事ができないと考えています。

それで従業員に対しては、常に感謝の気持ちを忘れないこと、きめ細かい気配りをすることを信条としています。

例えば、クラブで着る服が無い人には、一緒にアラモアナショッピングセンターまで行って、センスの良い服を1~2着買ってあげるそうです。

泊まるところが無い人には、アパートが見つかるまで自分のコンドミニアムにも泊めてあげます。

そのような安次富さんを従業員達は信頼しています。

沖縄の「イチャリバーチョーデー」の精神を自分から実践して、そしてそれを身をもって教えています。

そして大切にされた従業員は、今度はお客さんに感謝の気持ちを持って接するようになっています。  

2008年06月17日

ハワイのジャメーン・ルアウ


ルアウが始まる前の会場、海のそばです

知り合いがジャーメーン・ルアウという会社の社長さんにインタビューすることになりました。

それでちゃっかりとそれに付いて行き、一緒に話を聞いてきました。

インタビューが終了して、Kusaka社長がショーに招待すると言ってくださいました。

ジャメーン・ルアウとは、オアフ島の西側にあり、ハワイアンフードを食べながら、ハワイや南太平洋の歌やダンスを楽しむ「ディナーショー」です。

この会社はハワイのファーストフード・レストラン業界の大手の「ジッピーズ」の関連会社です。

ジッピーズは名護出身の3世、比嘉ファミリーが興したハワイでも有名なレストランです。

顧客ターゲットは主として米国からの観光客です。

一時期は日本市場も狙ったそうですが、英語と日本語の両方への対応ではコストがかかりすぎるということで、英語圏市場にフォーカスしたのです。

その為に、見物人で日本人は私達だけでした。

ハワイと南太平洋島嶼国の歌やダンスを充分に堪能しました(もちろん無料で)。



薄暗くなって、ショーが始まりました  

2008年06月14日

クラブ瀬里奈、成功物語その8



安次富さんは従業員の質を高めるために、クラブ瀬里奈のポリシーを徹底的に覚えさせています。

その一つの方法として、女性従業員のトイレに「喜ばれるサービスとは」と題する文書を掲示しています。

従業員達はトイレに入る度に、それらを見てお客様が喜ぶサービスを覚え、そしてお店で実践していくのです。

このように小さな事を確実にしていくことが、クラブ瀬里奈の強さだと言えます。
  

2008年06月11日

クラブ瀬里奈、成功物語その7



安次富さんは経営者になる前はワイキキでブライダル会社に1年半ほど勤めていました。

その後クラブ瀬里奈をオープンさせます。

お店を成功させる自信はありました。

なぜなら、「なんでも一生懸命すれば夢は叶う」と信じているからです。

これまでも、歌手・ブティックの経営者、ハワイ移住、すべて望むことを実現してきました。

信じる力、夢を引き寄せる力こそ重要だと思っているのです。
  

2008年06月08日

クラブ瀬里奈、成功物語その6



クラブ瀬里奈の経営に影響を与える外部環境としては、経済状況だそうです。

その理由を聞けば、特に観光客と地元日系企業の社員達の動向らしいのです。

つまり、日本の景気が良ければ、日本からの観光客が増えるし、ハワイの日系企業も経済的にうるおい、地元日本人客も増えるのです。

オーナーの安次富さんは、このようにハワイのそして日本の経済を直接的に感じながらお店を運営しているのです。  

2008年05月25日

クラブ瀬里奈、成功物語その5



クラブ瀬里奈のオーナー、安次富さんは頑張りました。

お店は10年ほど前に20万ドルで営業権を買い取ったそうです。

そして、それを3年で返済したのでした。

借金の重さに夜も眠れない日が続いたそうです。

でも、単身乗り込んできたハワイで負けるわけにはいかないと、頑張り続けたのです。

さて、クラブ瀬里奈の名前の由来です。

「瀬里奈」という名前にした理由は、六本木瀬里奈など有名なお店が東京にあり、その品格の高さを受け継ぎたいと思ったことでした。

東京の「瀬里奈」は世界中からお金持ちが、日本に来たときにわざわざ訪れる所なのです。

ハワイの瀬里奈もそのようになりたい、そして世界の中で選ばれるお店になりたいという安次富さんの夢がこもった名前としたのでした。  

2008年05月02日

クラブ瀬里奈、成功物語4



「クラブ瀬里奈」のお客様の比率としては、ハワイの地元客が50%、ハワイ在住日本人が25%、そして観光客が25%くらいとなっています。

最近はワイキキのお触りバーに嫌気をさした観光客や、適切な値段で楽しく飲めるという噂を聞いてきた地元客で一杯です。

特に観光客の比率が上昇してきています。

ハワイリピーターの観光客は、ハワイに来たら必ず瀬里奈に寄ってくれるとのこと。

お客様は、沖縄、北海道と大阪からのお客さんが多いそうです。

紹介、紹介でその地域のお客様が増えています。  

2008年04月30日

クラブ瀬里奈、成功物語3



お店の雰囲気としては、賑やかそして朗らか。

女の子達は25才くらいから40才くらいまでがいます。

みんな明るく、そして理知的で美人そろいです。

「クラブ瀬里奈」はお客様が楽しく過ごせる場所であります。

また、お客様同士が友達になっていき、友達の輪が広がることがよくあります。

私もそこで日系人の議員の方やハワイにある有名旅行社の社長さんなどを紹介され、一緒に飲みました。
  

2008年04月28日

クラブ瀬里奈、成功物語2



「クラブ瀬里奈」の提供するサービスは、美味しいお酒を飲む空間の提供です。

つまり、お酒はどこでも飲めますが、瀬里奈という特別な空間で「楽しく」過ごせることがお店の最大の商品なのです。

それ以外に、イベントとしてゴルフコンペを2ヶ月に1回開催しています。

また、従業員も含めて懇親ボーリング大会も行います。

お客様の誕生日には従業員全員で祝ってあげます。

また、店内の感謝イベントとしてして25ドルでの「飲み放題デー」もあります。

  

2008年04月26日

クラブ瀬里奈、成功物語その1



「クラブ瀬里奈」の成功物語が始まります。

ハワイの日系人、観光客、そしてハワイで働く日本人達から圧倒的人気があるクラブです。

そこでハワイ、ホノルルのKing St.にある「クラブ瀬里奈」に行きました。

お店は道から少し引っ込んでいて、それ程目立ちません。

道路沿いにある駐車場に車を停めて中に入ります。

表は何となく高級な感じ。まだ時間は早いのですが中に入りました。

そして、オーナーの安次富弘子さん(ニーナ)からお話を伺いました。

クラブ瀬里奈はいつもお客様で一杯です。

簡単に言いますと、かなり儲けています。

従業員は12名でほとんどが日本人です。

その内の3名は沖縄出身。

お店には約35名から40名ほどが入ります。

カウンターに10名ほど座れ、ボックス席が5つあります。

営業方式としては、お酒を出すこと、料理を出すこと、カラオケです。

料理は琉球料理を中心に出しています。

お客様では、琉球料理を目当てに来る人も多いそうです。

5年ほど前までは白人従業員もたくさんいたそうですが、だんだん辞めていき、今の状態に落ち着きました。

  

2008年03月20日

ハワイの新一世、不動産業界の成功者(予告)



 ハワイの沖縄系新一世の活躍、第3弾はハワイの不動産業界の成功者、光洋不動産社長の中村浩子さんです。

 クラブ・瀬里奈の安次富弘子さんとレストラン・サンライズの玉寄朝勝さんの後に詳しく紹介します。

 沖縄大学からハワイ大学に編入して卒業。ハワイアン航空で辣腕社員としてがんばって、そしてより上を求めて不動産業界で独立したの方です。

 ゴルフ大好きで、人間大好きの中村社長に大手の日系不動産が撤退する中で、生き残ってきた秘訣を聞きました。

 ちなみに社長室でインタビューをしたのですが、部屋からの眺めは最高でした。マウカサイドですが、ホノルルの街並みが眼前に広がっています。パンチボールもよく見えます。



   

2008年03月20日

ハワイ大学にて観光の報告会



ハワイ大学で沖縄とハワイの観光について報告会をしてきました。

沖縄とハワイは似ているところがたくさんあります。

基地経済、観光依存、島嶼等・・・。

観光について見てみると、幾つかの違いがあります。

まず観光客の滞在日数が違います。

沖縄の場合は大体2泊か3泊です。

ハワイの平均宿泊数は9泊強です。

観光客数は沖縄が500万人台、ハワイは700万人台です。

しかし、観光収入はハワイが沖縄の3倍近くになっています。

単に観光客を増やすだけでなく、観光収入を増やすことも重要ですね。  

2008年03月17日

ハワイの新一世・玉寄朝勝(予告)



 ハワイで活躍している沖縄系新一世(沖縄生まれのハワイ在住)の取材の第2弾はレストラン・サンライズの玉寄朝勝さんです。

屋慶名出身で、10代にハワイに来て、寿司職人として長い間働き、ワイキキの近くのカパフルに自分のレストランをオープンしました。

 とにかく人気のあるお店です。平日でも予約をしていかないと座れないことがあります。

 美味しい琉球料理もそうですが、オーナーの玉寄さんの人柄が多くのお客さんを惹きつけています。

 このレストラン・サンライズもクラブ・瀬里奈(安次富弘子さん)に続いて、紹介していきます。  

2008年03月15日

ハワイアン・キルト



ハワイは伝統工芸品が少ないと言われています。

例えば沖縄なら、陶芸、琉球ガラス、琉球漆器、紅型、絣、芭蕉布など枚挙にいとまがありません。

ハワイでの数少ない工芸品の中でも代表的なものがこのハワイアンキルトです。

ハワイアンキルトは1820年頃、宣教師の妻達によって伝えられたそうです。

1820年代というと、日本は江戸時代の末期で、ヨーロッパではベートーベンの交響曲第9番が初演された頃です。

ハワイのキルトは独特の模様を持っています。

木陰に干してあった白いシーツの上にレフアの木の葉の模様が透けて見えたのがとても美しかったのでそれをキルトにしたとも言われています。

最初の頃は白い布地に色のついた布地を乗せて作られていましたが、現在ではさまざまな組み合わせで作られています。

沖縄でもそうですが、大量生産した安物の工芸品がお土産として売られています。

ハワイアンキルトも安いものから高いものまで売っています。

ハワイの伝統に触れ歴史を感じるためには、やはり本物の心を込めて手作りされたハワイアンキルトがいいですね。

  

2008年03月12日

ハワイの求人状況



これは日刊サンというハワイの日本語新聞です。

日本のニュースとスポーツ、そしてハワイのニュースの翻訳、KIKUやNGNという日本語テレビ放送のスケジュール、求人や営業広告などが載っています。

そして驚いたのは、求人広告の多さです。

新聞の4面を占めています。

ハワイでは、日本語のしゃべる人の求人が多いのです。

これは主に日本人観光客をターゲットとしているビジネスです。

写真で見えるように旅行業大手のJALPAKやJTBを始めとして、日本食レストラン、居酒屋、ワイキキやアラモアナでのブランド品の販売職があります。

日本語と英語がしゃべれてグリーンカード(永住権)のある人が少ないことが背景にあります。

  

Posted by mebius60 at 09:06Comments(0)TrackBack(0)ハワイつれづれ

2008年02月08日

ハワイでロミオと友達に・・


全世界のアメリカ軍の持っているゴルフ場で一番きれいと言われているKlipperゴルフ場の13番ホール

ハワイでロミオ宮里シーサーオスと友達になりました。

彼は沖縄で高校まで出て、復帰の年にグアムに移りそして空軍飛行機に入って今に至っています。

中学校はキングスクールで高校は久場崎ハイスクール沖縄本島です。

その時の同級生では、キリスト短大の教授や、ノーベル賞候補の物理学者がいるそうですびっくり!

2ヶ月前にハワイに赴任になったそうで、すぐに友達になり、一緒にお酒を飲んだり、ゴルフをしたりしています音符オレンジ

とっても良い人で面白い人ですアガ!(痛い!)

この日は2名でカネオヘにある海兵隊の基地の中のクリッパーというゴルフ場に行きました(普段は入れません。ロミオのゲストで入れました)。

そこでアラスカ大学の地理学の教授を引退したマーブとシカゴのビジネスマン、ジムと同じ組になりいっしょに回りました。

そして、この写真はその噂の13番ホールでのジム、ロミオ、マーブ(左から)の記念写真です。

マーブとジムは高校時代の友達だそうで、寒いアラスカやシカゴを逃げ出してハワイに3ヶ月間滞在しているのだそうです。

ハワイは面白いところです。  

Posted by mebius60 at 18:04Comments(0)TrackBack(0)ハワイつれづれ

2008年02月05日

ハワイで自動車免許



ハワイで自動車の免許を取りましたチョキ

取得にはソーシャルセキュリティー番号が必要です。

でも、もし持っていなくても、ダウンタウンにあるソーシャルセキュリティーオフィスで番号を持っていないという旨を書いてある書類を運転試験場へファックスしてもらえば問題ありません。

そして、ハワイのイエローページにある模擬問題を勉強してから、日本語で筆記試験鉛筆を受けます。

これに合格すると一年以内に実技試験を合格すればいいのですシーサーオス

私は自分で練習して自分の車車で受けました。

車線変更の時に首を充分に回した後ろを見なかったと言うことで5点マイナスでしたが、95点で余裕の合格ですニコニコ

ちなみに日本の免許が切れていても、ハワイで3ヶ月以上免許を持っていれば日本に帰って、日本の免許証に切り替えができるそうです。

私の山内中学時代の同級生がハワイにいて、彼は日本人観光客にハワイでの運転免許取得の指導をしています。

トム(喜納)のHPアドレスです。http://www.tomhawaii.com/

ハワイで免許証を持つ利点としては、パスポートを持ち歩かなくて済むこと。

カマアイナ(地元民)扱いで、ホテルやレストラン、ゴルフ場が安くなること。

日本の免許が切れても、切り替えができる等・・です。

  

2008年02月02日

ハワイの「ワールド・ウチナーンチュ・ビジネス協会」


琉球国祭り太鼓の勇壮な踊り

1月中旬にハワイのワールド・ウチナーンチュ・ビジネス協会(WUB)の新年会に出ました。

ワインや泡盛を飲みながら美味しい食事をして、いろいろな余興を楽しみました。

沖縄からの留学生達がかぎやで風を演奏して踊ってくれました。

そして、最後にはアケミ先生を中心としてハワイで活躍している琉球国祭り太鼓を勇壮な踊りを見て、その後はカチャーシー大会でした。

さて、このWUBというのは、世界中に広がっている沖縄系のビジネスマンの集まりです。

ハワイでは毎月第一木曜日にミーティングがあります。

何回か参加しました。

顔と名前はみんなオキナワーですが、しゃべるのは英語です。

特に仲宗根さん、名護さん、比嘉さん、久場さんなどが頑張っています。

ダニエルさんという若手会員が今、沖縄で研修中です。

私は4月に沖縄に帰りますが、その時にダニエルさんと再会する予定です。

一緒においしいものを食べに行きます。
  

2008年01月20日

取材開始・クラブ瀬里奈(予告)


若き日の安次富さん、アメリカ留学の頃です

先日、「クラブ瀬里奈」の安次富弘子さんの取材を終えました。

3ヶ月ほど体調を崩していたそうですが、やっとで回復して今回の取材となりました。

1度目はアラモアナホテルの最上階の高級なレストランで夕食を食べながらインタビューをしました。

そこでは主に安次富さんのビジネスを始めるまでの個人的なことを伺いました。

食事の後、レストランのバーカウンターで少し飲んでいたら、バーテンダーさんがいろいろと手品を見せてくれました。

2度目のインタビューはアラモアナショッピングセンター内のイタリアンレストランで昼食を取りながらでした。

この時は主として、現在経営している瀬里奈のことと、将来の夢などを聞きました。

あと一度、最後のインタビューを終えたら本格的にこのブログで紹介します。

10名集まったら本にして出版する予定です。

インタビューしての感想。沖縄女性の強さとたくましさ、やさしさを安次富さんから感じました。

紹介するのが楽しみです。  

2008年01月18日

ハワイの方向の示し方


遠くにダイアモンド・ヘッドが見える

ハワイで方向を示すときには、特別な言い方がありますキョロキョロ

大体はホノルルにいることを前提にして方向を示します。

ダイアモンド・ヘッド方向といえば、東側を指しています。

エヴァ方向といえば西です。

マ・ウカは山側の場所を指しますサボテン

マ・カイは海側の場所を指しますシュノーケル

コンドミニアムが二つあったら、山側をマ・ウカ・サイドと名付け、海側のビルをマ・カイ・サイドと言いますおうち

ホノルルを出るとダイヤモンドヘッド側もエバ側も方向指示としては、使えませんぐすん

道を聞いたらこの方向を指す言葉が頻繁に出てきます。

最初は困りましたが、今なら理解できますよチョキ
  

Posted by mebius60 at 18:05Comments(0)TrackBack(0)ハワイつれづれ